涼はどうして野球がうまいの?

 これから甲子園に出場しようというのですから、ヒロイン・早川涼には投手単体としてだけでなく打撃や野手としての連係プレーの能力、それに野球理論についての知識なども相応のレベルが必要なはずです。ストーリー展開を見るかぎり、それらは自明に備わっているように描かれています。一体いつ身につけたのでしょうか。

野球は中3から?

 涼と一緒に野球特待生として入学したヒカル・ユキは正真正銘の有名選手であり、その野球技術には出場各リーグの最優秀選手賞という具体的な裏付けがあります。しかし涼は、父親ゆずりの豪速球を投げて氷室理事長のハートをわしづかみにしたことの他には、特待生入学に足るような野球技術の証しになるものがありません。地元の商店街**で幼い頃から涼を知っているはずのワイルドキャッツのメンバーさえ、彼女が野球をできる(どころではない天才である)ことを知ったのはここ1年ほどなのです(第1話)。高校入学までの間、涼は、少なくとも学校など地元のオープンな場所では中3まで野球と無縁の生活を送っていたと考えざるを得ません。涼が父親の才能をすべて受け継いだまぎれもない天才であることを認め、かつ父親から星飛雄馬ばりの英才教育を施されていた(!)と仮定しても、5歳でその父親が亡くなっている以上、ピッチング以外の実戦的な野球技術までその天才の賜物にするには無理があります。しかるべき指導者に個人的に手ほどきを受けていたと考えるのはいかにも異様ですし、そのことにまったく触れられていないのはなおさらです。

 ** ワイルドキャッツ対ドルフィンズの試合は、涼が制服姿で駆けつけたところからみて平日に行われていた(!)と考えるべきで、会社員の参加は考えられません。平日の昼間から店を空けている商店主がこんなにたくさんいるというのもどうかと思いますが、それだけ草野球が盛んな地域なのでしょう。

河川敷の秘密兵器

 となれば、ピッチング以外の野球技術はワイルドキャッツ以後の1年間にその根拠を求める以外になさそうです。おそらく涼は、試合専門の押さえ屋というだけでは満足できずに毎週(毎日か?)の練習にも参加させてもらっていたのでしょう。練習環境さえあれば、特にコーチがいなくてもその天才で打撃や守備をまたたく間にマスターしたと想像することも不可能ではありません。ワイルドキャッツに、ヘボではあっても妙にセオリーに詳しいオヤジのひとりもいれば、そいつの「指導」を受けることがあったのかもしれません。

 ただ、それにしても1年は短すぎるというものでしょう。せめて3年、涼が中学に入学したあたりにワイルドキャッツとの出会いを設定しておけば、中1にして驚くほどの強肩の持ち主だったということになってさらにはったりが効き、涼が野球の腕を上げる時間も(代打でも活躍した、など)たっぷり取ることができたはずです。

運命の第4球の謎

 涼が投げるのは「130キロの速球」だそうです(第8話)。これは、確かに高校野球でも通用するレベルなのかもしれませんが、具体的な球速の提示は「豪速球」というイメージがもたらす圧倒的なカタルシスを期待する向きにとってやや興ざめであると同時に、のちに登場するイナズマボールとの間に混乱を生じる原因になってしまいました。涼がいずみとの勝負で投げた第4球(第9話)のからくりを説明しやすくするために分かりやすい数字が導入されたのでしょうが、かえって「130キロから100キロまでスピードダウンした、しかもどまんなかの絶好球」という第4球の異常に、なぜ木戸監督以下如月チームの面々は気づかなかったか」というごまかしようのない疑問 ** が生まれてしまい、いずみが野球部に参加するきっかけとなった重要なエピソードにケチがつく結果になってしまわなかったでしょうか。

 ** 特にヒカルです。右打ちのいずみに対する投球のコースと球速をもっとも正確にモニタできるポジションはファースト、そこにいるのは「ハードな球」を涼に促した張本人です。これが他のメンバーなら「ハードな球」はとびきりの豪速球という漠然とした意味と涼への単なる励ましと解釈してもかまわないところですが、ヒカルは歴戦のベテランです。おそらくヒカルは、いずみが直球に的を絞ってトレーニングしてきたことを見抜き、未知の天才を差し引いても変化球にはとっさに対応できないはずだと推測したのでしょう(もっとも「野球部の運命」を賭けた勝負ですから、それくらいのことは”本来は”誰だって考えるわけですが)。現に、涼はその言葉の意図を正確に読み取っています。

 さて、涼の球速が130キロであることは第8話のいずみのセリフが初出ですが、涼の全力投球を見たことがないはずのいずみはこのことをどうやって知ったのでしょうか。そもそも涼本人も、自分の球速を把握していたのか疑問です。第2話でバットをへし折られた宏樹は(130キロを真芯でとらえて、ねえ)、あるいは経験的におよその球速の見当をとっさにつけることができるかもしれません。しかしそのくらいのことで「お前も知ってのとおり、彼女の速球は130キロの球威を誇っている」(第9話)とまでは言い切れないでしょう。あるとすれば理事長配下の者がどこかでひそかにスピードガンを構えていた可能性くらいでしょうが「実の娘さえ寄せつけない、あの氷のような」態度だったはずの理事長は、そんな余計なことを局外者だったいずみに話したはずがありません。

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